伊与原 新(新潮社)
登場する地域:遠軽

誰にも生まれ育った土地がある。そこでの歴史は共同体の記憶として人々の心に刻まれる。伊与原新の短編集『藍を継ぐ海』は、土地と結ばれた人々の「記憶」を下敷きに人の営みを描く。
萩焼・林窯の再興に賭ける光平が地質学者の歩美と出会う「夢化けの島」。奈良の山奥に暮らすWebデザイナーのまひろが幻の狼犬を追う「狼犬ダイアリー」。長崎の原爆投下を後世に伝えようとした地質学者とそれを支えた神父の縁が、時を超え人を結びつける「祈りの破片」。徳島県のウミガメ産卵地を舞台に、海を超えた人との出会いに結実する「藍を継ぐ海」。
そして北海道遠軽町白滝を舞台にした「星隕つ駅逓」。野知内郵便局は公雄の定年と同時に閉局となる。涼子は父・公雄の願いでもある「野知内」の地名を残したい。そんな折、白滝に落ちた隕石をめぐり、涼子は思い切った行動に出る—。
白滝の市街地や支湧別に加え、架空の「野知内」が不思議に現実味を持つのは、かつて留学先のパリで作者と交流のあったクラリネット奏者の黒岩真美さんのおかげ。研究職を捨て作家生活を送る作者が白滝を舞台に選んだ時、高校時代遠軽で吹奏楽に打ち込んだ黒岩さんの力を借りた。
今、白滝は日本最古の国宝となった黒曜石の石器などで注目を集める。遠軽町の書店「和田計文堂」は本作の直木賞受賞で活気付いているとか。10年間遠軽に暮らした僕は、そのいずれともご縁をいただいている。人の記憶は温もりと共に結び合わされるのだな、とひとりごつ。