佐藤泰志(小学館文庫)
登場する地域:海炭市(函館)

1990年、私は函館の高校に赴任した。その同じ年に佐藤泰志は自殺した。インターネットもない時代、その第一報は地元の新聞からだったが、そのときまで彼の名前さえ知らなかった。何度か芥川賞の候補に挙げられながら、ついには受賞することなく自死した函館出身の佐藤。私の故郷の作家太宰治と彼の人生が重なる。
この小説は函館に住んでいたら、すぐにそれが函館だとわかる架空の街「海炭市」で生きる兄妹、夫婦から夜の女といった市井の人々を連作で描く。それぞれの物語は独立しているが、いくつかの物語は前の物語とゆるいつながりがあって、全体として海炭市≒函館の80年代が描かれる。ときはバブル。ただこの小説に登場する人々は概して貧しい。いまにつながる函館いや日本経済の衰微をも予言しているかのようだ。「函館」の夜景について、第一物語の「観光客たちが無邪気に喝采するほどの夜景ではない」という一文がそれを端的に示している。
函館山らしき山で兄が行方不明となる第一物語のトーンは暗いが、最後のジャズ喫茶をめぐる話は村上春樹風の軽やかさで、モダン都市函館というこの街が持つもうひとつの顔が描かれる。