葉真中顕(幻冬舎)
登場する地域:室蘭市

500ページを超えるこの小説は、教養小説・青春小説・警察小説・冒険ミステリー小説など多様で多義的な様相を呈している。
日崎新三郎という北海道帝国大学出身で日高の山間部にある畔木(くろき)村で戦時中の「皇民化政策」の一環として農業指導にあたった父。アイヌのもつ知識のひとつトリカブトの毒を作る技術で新三郎の研究を助けた母。この大和人とアイヌの間に生まれた主人公日崎八尋(やひろ)の1944年12月(25歳)から1946年3月までの室蘭を主要な舞台にして展開する。
11歳の時、八尋は父母とともにヒグマに襲われ、自分だけ奇跡的に助かり、札幌の祖父を頼って成長していく。勉学に励み、警察官になり、努力が認められ特高刑事となり、警察学校の恩師で室蘭署勤務の能代警部補の依頼を受け、輪西にある大東亜鉄鋼配下の飯場に潜入したところからストーリーが始まる。
民族差別・選別の価値観。大義名分を掲げて大東亜共栄圏を構想して、庶民に生活苦と犠牲を強いる権力。息つく暇を与えない、固唾をのむ場面の数々と人物の具体的心理描写で読者を作品の中へと強力にいざなう。歴史の事実とは何か。さらに、人間の生き方さえも考えさせる力作だ。 室蘭の大工場の片隅で厳重な監視下で進められていた秘密計画。そこに関わる軍・憲兵・特高そして、半ば強制的に働く朝鮮人・中国人の生きざまを、我を忘れて読み耽ってしまう。読者の推理を超えた作者の着眼に驚かされる大団円。最終章、敗戦の希望の兆しにホッとする。義憤による熱情から使命を見い出し、背負い、果たしていく人間の姿とは、このようなものだという読後感を得る。