原田康子(新潮文庫)
登場する地域:釧路市

「挽歌」は釧路を全国的に有名にした記念碑的作品である。主人公の兵藤 怜子は 23 歳。37 歳の建築士である桂木と愛人関係に陥る一方で、若い男性 と浮気をしていたその夫人にも接近するという展開にスリルを覚えた読者は 少なくなかっただろう。
怜子はしばしば他者に対して挑発的な言動をする。母親は早くに亡くなり、 父親には甘やかされて育ったことで、彼女は他者から愛されたという実感が 持てなかった。不安定な彼女の態度は、彼女のいわば求愛の姿ではなかった か。
桂木を怜子に傾斜させたそもそものきっかけは、彼女が発した「コキュ」(寝 取られ男)という言葉である。夫人に裏切られたことを容赦しない桂木は怜 子との再婚をすぐに考える。しかも怜子の意向におかまいなく、それが桂木 だ。 桂木と怜子の関係はやがて夫人の知るところとなる。だが、彼女は怜子を 非難することなく湿原で自殺する。怜子は夫人の遺体を目にすることで、自 分の言動の奥に潜む〈毒〉に気づかされた。
夫人のデスマスクに怯える彼女は、何とか桂木から距離を取ろうとする。 桂木も彼女の態度をやがて受け入れ、新たな道を模索しようとしていた。五 所平之助監督の「挽歌」では、この結末部分が盛り込まれていない。比較的原作に忠実な映画の中で、私が唯一不満を覚える点である。