馳星周(実業之日本社)
登場する地域:川湯(弟子屈町)

作者は浦河町出身。2020年、『少年と犬』で直木賞を受賞したのは記憶に新しい。
本作の登場人物、平野悠は川湯で祖父の敬蔵と暮らす中学生。両親を交通事故で失い、彼女を引き取ったのが敬蔵。このとき悠は自分がアイヌであり、母親が敬蔵を嫌って家を飛び出していた事実を知った。悠はアイヌという出自に耐えられず、進学を契機に川湯を離れたいと願っている。
敬蔵は偏屈な男で、かつては酒癖の悪さから娘や妹が逃げていったという過去がある。ただ木彫り職人としての評価は高い。彼はアイヌとしての誇りを抱いていた。
その彼のもとに尾崎雅比古という若者が弟子入りをしたいとやってくる。東京でたまたま敬蔵の羆の木彫りに魅せられたという。最初は頑なに拒否していた敬蔵の懐にいつしか入り込んでくる不思議さが雅比古にはある。彼は敬蔵の妹の孫であった。雅比古の母親は東日本大震災の津波で家を流され仮設住宅で暮らしていたが、脳梗塞を起こして孤独死していた。この母が大事にしていたのが敬蔵の作品である。この母は敬蔵を直接知らない。なぜ母があの木彫りを大切にしていたのか。それを探ることは自らのルーツを辿ることでもあった。
雅比古との出会いをきっかけに悠はアイヌとしてのアイデンティティに目覚める。これは彼ら三人による新たな「家族」の誕生を予感させる物語だ。