司馬遼太郎(朝日文庫)
登場する地域:オホーツク海沿岸市町村

昨年まで道北の枝幸町で奉職した。オホーツクの海は豊かだ。寒流そして流氷が良質な海産物を育む。土地には固有の歴史があるが、生活の中で意識されることは少ない。
本書は『竜馬がゆく』などの著者、司馬遼太郎の紀行文集である。平成4年4月から12月まで『週刊朝日』に連載された。
オホーツク文化の歴史は考古学的世界、と著者は記す。地元の専門家に教えを請う。参考文献や研究結果を丹念に織り交ぜる。その姿勢はどこまでも真摯だ。秋の網走のモヨロ貝塚からはじまり、冬の知床峠まで現地を歩く。網走の理髪店主、故米村喜男衛翁のモヨロ貝塚発見により、オホーツク人が日本史学に登場する。戦前、遺跡保護の法律が勅命であることを訴え、軍の基地設営を縮小に導いた人物だ。著者は研究者による学術的な功績とあわせて、その土地に生きた人物の生き様を描く。ゴム長靴で宗谷の岸辺に立ち、雪の下の遺跡群に眠るオホーツク人を想う。そこには祖先への敬意がある。日本最後のウィルタ語の語り手に会いに行く。それは旅の見聞録にとどまらない。アイヌ語による地名の由来、各遺跡が示すいにしえの暮らしや文化など、眼前の景色から引き出される著者の知識は言語学、人類学、民族学などに横断する。
本の作りも丁寧だ。地図の掲載が文章の理解を助ける。旅に同行する安野光雅の挿画も趣深い。オホーツク沿岸をフィールドワークの舞台に、土地と歴史そして人に対する著者からの畏敬の念が伝わる一冊。