河﨑秋子(角川文庫)
登場する地域:摩周湖

キミヤは狩猟を趣味とする父親に半ば強引に伴われ、立ち入り禁止区域である摩周湖のカルデラの底に下りていった。大きな羆(ひぐま)を捕獲するためである。だが、父親はキミヤの目の前で羆の餌食となる。さらに野生化した犬たちにも襲われ、キミヤは逃走を余儀なくされた。
物語はキミヤが後に犬たちを屈服させ、彼らと結託して羆を退治するまでの過程を描く。
キミヤの父親は3度の離婚歴があった。決して恵まれた家庭環境ではない。さらに高校時代に駅伝選手としてチームに迷惑をかけて以来、大学には入学したが無気力な生活を彼は送っていた。彼はそれらの責任を父親に転嫁し、父親とは距離をおいていた。そこには自分を見つめる視点はない。
父親が亡くなり、野生化した犬たちと結託して羆に立ち向かう過程のなかで、それまでひ弱な印象を与えていたキミヤは確実に変化していた。そしてまさに肉弾戦の末、羆に勝利した後で、彼は父親の遺体に近づき「ちゃんと全部見といてくれりゃ良かったのにさ」と、落涙している。彼は父親に認めてもらいたかったのだ。
キミヤはやがてヘリコプターで救助され、仲間となった犬たちはそのままそこに残された。彼らはこれからもここで生き続けるだろう。『肉弾』はキミヤの成長物語であると同時に、人間と動物との共生の在り方も問いかけた作品である。