葉山嘉樹(岩波文庫)
登場する地域:室蘭

「室蘭港が奥深く廣く入り込んだその太平洋への湾口に大黒島が栓をしてゐる。雪は北海道の全土を蔽ふて、地面から雲までの厚さで、横に降りまくった。」
入江臨海公園には、『海に生くる人々』冒頭の一節が刻まれた葉山嘉樹の文学碑がある。この作品は、作者が下級船員として室蘭・横浜間の石炭運搬船「万字丸」に乗り込んだ体験を基に書かれたと言われている。
作品では、苛烈を極める環境下で人間の尊厳を踏みにじられる労働者と室蘭の「冷酷な、荒涼たる」自然が描かれているが、わずかに温かみを感じる場面が二つある。一つは、「室蘭一の菓子屋」として登場する「東洋軒」(実在した「東陽軒」がモデル)で船員たちが菓子を貪り食う場面、もう一つは、足を怪我した水夫見習いを仲間の船員が町立病院に背負ってゆく場面である。ひと休みする番小屋では、年配の人足がストーブの一辺を譲ってくれる。
医師(モデルは八木義徳の父田中好治氏と言われている)は、夏だったら足を切断しなければならなかった、と言う。皮肉なことに、過酷な自然が水夫見習いの足を守ったのである。船員たちの連帯を促したのも、苛烈な労働環境であったのかもしれない。
かつてワーキングプアと呼ばれる若者たちの状況が『蟹工船』の世界に似ていると話題になった。しかし両作品で描かれた〈連帯〉は実現したのだろうか。「辛抱」「根性」という言葉とともに「連帯」の価値まで忘れ去られることに、複雑な思いを抱いている。