乾ルカ(東京創元社)
登場する地域:札幌

私の忘れ物は、何か?今となっては何を忘れたのかも忘れてしまっている、そういう不確かなものを求める物語だ。
主人公の中辻恵麻はH大学の学生。彼女は存在感の薄い自分を透明なセロファンに例えて「ミス・セロファン」と自虐する。H大学と言えば、キャンパスが観光スポットになっている、あの大学だ。中央ローン、百年記念館、薬用植物園……。関西出身の私にはワクワクする場所なのだが、その描写は最初だけ。恵麻もキャンパスには興味がないようだ。
彼女がふらりと訪れたのは、学生部庁舎。女性職員から半ば強引に紹介されたアルバイト先は、地下鉄駅に隣接する大型複合商業施設の忘れ物センターだった。生きづらそうな恵麻を自然体で受け止めてくれるセンターのスタッフ。忘れ物の中には誰かの大切なものもある。大切なものは、人それぞれ違う。彼らと共に忘れ物の持ち主と出会い、その思いを知っていくうちに、恵麻は少しずつ成長していく。
関西の地下鉄は、電車のゴーゴーという音がひっきりなしに聞こえる。それに比べて札幌の地下鉄は何と静かなことか。人の往来が多くても、追い立てられる騒々しさはない。都会でありながら、人の心には大らかさが残っている。地下鉄の音までが優しく人々を包み込む。そんな、この地ならではの温かさを感じさせる作品である。