辻 仁成(新潮文庫)
登場する地域:函館

函館を舞台にした小説と言えば、最近は佐藤泰志を思い浮かべる方が多いかもしれない。その佐藤の函館西高校の後輩、辻仁成も函館を舞台にした作品を数編書いている。中でも、短編小説『海峡の光』(1997)は芥川賞受賞作で、全編が函館を舞台にしている。
青函連絡船の客室乗務員だった私は、青函トンネル開通による連絡船廃止の前に刑務官へと転職する。その勤務先の函館少年刑務所で刑務官と受刑者として、小学校の同級生、花井修と対面する。私の父の死に汚名を着せ、更には私を徹底的にいたぶったその花井との思わぬ再会は、私の心に止まることのないさざ波をもたらす。
後半、花井は面会に来た母に、「ねぇ母さん、世の中の外側にいられることの自由って分かるかい?」との言葉を投げつけ、外界との隔絶を望む。辻は、花井だけでなく、連絡船廃止を舞台にした私の様々な出会いの中に潜む「闇」を遠慮無く描く。そうした人々との間に「海峡」が存在し、「希望も絶望もすべて海峡の中にあると思った」との言葉が終焉につながっていく。
こうした人の「闇」を描く手法でありながら、私が最も驚くのは、舞台となった函館市街地や連絡船、そして少年刑務所をも詩的にまで美しい表現で包むことだ。村上春樹も「小説の書き方は音楽に習った」と語っていたことを考えると、ロックバンドのボーカリストだった辻の内面にこうした優れた表現力が閉じ込められていたことは偶然ではないだろう。