志賀直哉(新潮文庫)
登場する地域:網走

「北海道で御座います。網走とか申す所だそうで、大変遠くて不便な所だそうです。」
残暑厳しい8月の午後4時、上野発青森行の汽車。主人公の男性「自分」に行き先を訊かれた子連れの女性が答えた。
本作は、「自分」が宇都宮で下車するまでの、女性との一期一会の物語。「自分」は、彼女の行き先から、その境遇や運命に様々な思いを巡らせていく。
網走は最果てや終点の印象を人々に植えつけ、刑務所の存在がそれらを強めてきたといわれる。
しかしながら、大正15年、若山牧水は網走中学(現網走南ケ丘高校)での講演でこの地を訪れた時に、次の歌を詠んだ。
あきあぢの網こそ見ゆれ網走の
真黒き海の沖つ辺の波に
一度でもここを訪れた人は、大海に浮かぶ流氷、オホーツクブルーの空に望む知床連峰、風に揺れる小麦畑、珊瑚草の群生など、穏やかで美しい自然の姿に息を止める。
『網走まで』は、雑誌『白樺』創刊号(明治43年)に掲載され、白樺派の黎明期を代表する短編である。
清澄な文章ゆえ、読者は自らの網走の記憶とともに読後感を味わうことができる。