亀井勝一郎(日本図書センター刊)
登場する地域:函館

亀井勝一郎は函館出身の思想家・文芸評論家で、『我が精神の遍歴』は自身の「精神の自叙伝」として書かれたものである。
その第一章には、旧制函館中学校時代の忘れがたい記憶が記されている。寒い冬の朝、函館市元町の亀井の家につぎはぎだらけの服で電報を配達しに来た少年は、偶然にも小学校時代の友人だった。彼は上質の服と暖かい外套をまとった亀井を見て、「君はいゝなあ」と一言言い残して立ち去る。
同じ頃、公会堂で聞いた賀川豊彦の講演の中で「富める者」は罪人であると告げられ、ここから「民衆」と「宗教」という二つの命題への葛藤が始まる。生家近くには異国の様々な教会が建ち並んでいて、亀井も少年時代教会通いをして聖書を真剣に読んでいた。また、家のすぐ前には菩提寺である東本願寺函館別院があり、祖母が毎夜、幼い亀井と一緒に寝る時に念仏を唱え、それが「一切は空だ」という基本的感情を彼に植え付けていたのである。
その後、左翼運動、投獄を経ての転向、最終的に親鸞へと帰着してゆく彼の精神遍歴には、この故郷函館での原体験とその宗教的風土が大きく関わっていたものと思われる。