石川 啄木(新潮文庫)
登場する地域:函館

余りにも有名な歌集『一握の砂』。啄木生前唯一の歌集であり、故郷渋民村だけでなく、北海道全土、函館から札幌・小樽、そして釧路と新聞記者の生活をしつつ詠んだ数々の名歌が刻まれている。
〈東海の小島の磯の白砂に/われ泣きぬれて/蟹とたはむる〉など、函館の大森浜のイメージを根底に残しながら、架空の場所である「小島」を設定しなければ、詠めない歌。格助詞「の」の畳み掛ける音律に、最後の「蟹とたはむる」が、孤独な感傷の極めを演出する歌であろう。
愛唱性に富む啄木の歌は、「破調のない平易な言葉で歌われてゐるから覚えやすくはあつても、感情の上澄みを掬ひ取つ感傷詩」(高井有一)と批判されることが多い。なぜ、彼は短歌を「悲しき玩具」と規定しなければならなかったのか。啄木は、「小説」で認められず、挫折する。
本来なら国も社会も変革できる「小説」に夢を託しながら、裏切られていく。非力な文芸(短歌)は、所詮啄木にとって「悲しき玩具」の遊びでしかなかったのだ。この《不便さと非力》こそが、彼の異常なる自意識過剰な矜恃に「投げやり」な趣向という〈隙間〉が加味され、一夜で百首も歌が湧き上がった所以である。
その一瞬一瞬の「命の煌めき」(刹那主義)という嘆きや苦悩が詩であった。「病から死への切迫という極限状態で逃げゆく刹那の生命を愛惜し同じ刹那で歌う」(小田切秀雄)見事さ、それは感動でしかない。
私たちは必ず失敗や苦悩が胸に集積しているが、その一瞬が啄木の歌に乱反射する「共有たる一致」が、湧き上がるのではないだろうか。
そんな思いで、もう一度『一握の砂』という歌集を再読して欲しいと私は願っている。